お宅訪問致します。
「チャイムは鳴らすべきでしょうか?」
週末の午後2時過ぎ、かれこれ10分は夜神家のドアの前で悩んでいた。
指をチャイムの手前に構えてはみるが、どうにもその先に進まない。押すべきか、否か。この選択はかなり重要なので、行動力と決断力に優れる私でさえ躊躇していた。
と言うのも、リムジンも使わずここまで足を運んだのにはそれなりの理由があるからだ。
1、目立たず行動する為
2、私がここに来たとばれない為
3、夜神を驚かせる為
特に3番は大切だ。夜神の動揺を誘えば、もしかしたら何かしらのボロが出るかもしれない。
自分の中の目的を整理した所で、私はチャイムに伸ばした指を下ろした。1番から3番までの事項を考慮するのなら、ここはチャイムを鳴らすという回りくどい事は飛ばして正々堂々とドアから入るべき時。
そう決意し、自己紹介の言葉を頭の中で組み立てながらドアノブに手をかけて回した。
が、開かない。
押してみても引いてみても開かない。何度やっても、開かない。
「・・・・・。」
しかし、この起こり得る事態に対して何も準備してきていないというのは凡人のする事だ。
名探偵の名をほしいままにする私はあらかじめ作っておいた合鍵をジーパンのポケットから取り出し鍵穴に刺す。ぴったり収まった鍵を回すとカチリと音がして、口元が綻んだ。
「これで『夜神家ドッキリ家庭訪問』ができます。」
これまで64個のカメラを夜神の自室に、その他家の中の至る所にカメラを取り付けた事もあったが、生夜神家は初めてである。私は柄にもなく緊張と言うか、胸を高鳴らせていた。
この奥に、キャンパスでは見た事のない無防備な生夜神が・・・!
想像すればする程、ノブにかけた手に自然と力が入った。
「流河、お前こんな所で何してるんだ?」
ノブを回しかけた、正にその時。突如声をかけられて跳ね上がった心臓に叱咤しつつ私は振り向いた。
予想外、いや予想通り声をかけてきたのは夜神である。驚きの中に友好的な笑みを覗かせる顔をしているが、反面疑いの眼差しに私は鋭く貫かれた。固まっていると、彼は腕を組んで私の手の中の物を凝視してくる。
「帰れ。」
何の脈絡もなく、彼は言った。声は冷め切っているようでも、煮えくり返っているようでもある。
強いて感情に名前をつけるのなら、間違いなく怒りである事は確かだ。目が笑っていない。
夜神は私と一緒の時、怒っているか形ばかりの笑顔である事が多いように思われた。そういう時の私の対応は決まって『話を逸らす』の1手である。
「友達が遊びに来たというのにその態度・・・怪しいです。」
親指の爪を齧りながら言ってやった。大抵これで彼は呆れた顔をするか苦笑する。
けれど今日は少し勝手が違っていた。
「お前、今ドッキリだとか家庭訪問だとか言ってなかったか?」
眉間に皺を寄せていて、けして笑わない。険しい顔のまま、彼は鍵を持つ手を指差してきた。
どうやら1番聞かれてはならない部分を聞かれてしまったらしい。合鍵の件も夜神さんに許可を取ったとは言え、夜神自信には言っていないしこれからも言う予定のなかった事だ。
不味い。出鼻からくじかれた。でもここで引き返すのは不自然であるし、彼に負けを認めたようで癪である。何より私の立場というものがあった。
こうなったら何か言い訳を・・・。
「夜神くん。私、お腹が空きました。」
よし、これならいける。ここで彼が断れば目の前で倒れて見せればいい。そうすれば家に上がり込める。目立つのを承知で最初からこうすれば良かった。
指を咥えて上目遣いで言う私に、夜神は眉間の皺を解いて溜め息をつくと、
「・・・上がれよ。」
と言って先に家の中へ入っていった。
流石は私。とっさの事にも動揺せずに対処できるとは。
感心していると閉じたドアの向こうから「早く来いよ。」という夜神の声が聞こえてきたので、私は今度こそ夜神の家族への自己紹介をイメージしながらドアを開けた。
初めて見る家の中はモニター越しのそれとは違って、何と言うか生活感があった。
玄関には靴が数足置かれており、奥の部屋からは人の気配がする。水の流れる音が聞こえてくるのはおそらくキッチンだろう。どれも私が利用しているホテルにはない温もりが感じられた。
踵を履き潰したスニーカーを脱ぎ捨てて上がると、夜神に睨まれたので屈んで靴を揃える。その時隣にある小さな靴を目にして思い出した。そう言えば中学生の妹がいたのだったな、と。
私が靴を揃えるのを見届けた夜神は、何故か入ってすぐの階段を通り過ぎて廊下を進んでいる。普通なら自室に通すのではないだろうかと階段の吹抜けを覗き込めば、
「何してる、こっちだ。」
呼ばれたので仕方なく後に続いた。
「夜神くんの部屋は1階にあるのですか?」
監視していた事を自ら露見するのは得策ではないので惚けたように首を傾げる。すると彼は肩越しに振り向いて刺々しく言い放った。
「いや、2階だよ。でもお前が食べるのってどうせ甘い物だろ?僕は甘ったるい部屋で寝るなんてごめんだ。」
「・・・そうですか。」
上手く言い逃れされたような気がしなくもないが、どうせ夜神の事。キラである証拠となる物を部屋の目につく所に置いてあるはずがない。
けれど、彼の自室に入れないのは非常に残念だった。部屋のどこに何があるのか隅々まで把握していても、モニターからは手触りも香りも伝わっては来ないのだから。
私はそう広くはない部屋の中で2人きり、夜神と語らう自分を想像して肩を落とした。
「ただいま。」
夜神の帰宅の合図と共に通された部屋はキッチンと繋がったリビングのようである。夜神の母親と思わしき人物は私達に背を向ける形で洗い物をしているのでこちらには気付かないが、ソファーに寝転がって雑誌を読んでいた少女がスナック菓子を摘む手を止めて顔を上げた。
「お兄ちゃん、おかえりー。」
後ろで1つに結った黒髪を揺らしながら笑った少女の顔は、私にとってあまりにも意外であった。モニターでは夜神の事ばかり見ていたので気付かなかったのだが、何か特別という事もなくありふれた笑顔をしている。私には一生できない顔だ。
夜神の後ろからまじまじと見つめる私に気が付いたのか少女は慌ててソファーに座り直し、
「大学の友達?」
人懐っこそうな笑みを向けてくる。
「ああ、こいつが例の流河さ。」
夜神は意味あり気な微笑みを浮かべて私を紹介した。
例の、とはどういう事だろうか?
答えが見つからぬまま入り口で突っ立っている私に夜神が座るよう促すけれど、私をどんな奴だと紹介したのか気になってそれ所ではない。少女を見つめながら爪を齧ると、
「えー!じゃ、この人がヒデキと同じ名前で甘党でリムジン乗ってる人!?」
目と口を大きく開けて驚く顔に遭遇した。
少女の足りない言葉は、けれど確かに流河旱樹である私を表すのに当てはまっている。きっと大学でも同じ様な通り名なのだろう。
しかし困った。夜神の妹はアイドル流河旱樹のファンであるから、こうして彼の名前を語っている私を見て幻滅したのではないだろうか。別に気にする事でもないかもしれないが、夜神はこの少女を大切にしているようなので彼女に嫌われてここへの出入りが禁止になるのは頂けない。
そんな私の危惧を他所に、少女は予想もしなかった言葉で私を驚かせた。
「すご!羨ましーっ!」
羨ましい?
「ヒデキと同じ名前なんて!」
なるほど。
8割方納得して、私はソファーの上に乗って膝を抱える。そうしてから、しまったと思った。この座り方をどう見られようと私にとってはどうでも良い事でも、夜神は何か言ってくるに違いない。
幾らか覚悟を決めて降ってくる言葉と冷たい視線を待ったけれど、それはいつまで経っても私を襲わなかった。気付けば夜神はキッチンに行って冷蔵庫を探っている。
「あはっ、お兄ちゃんの友達にはいなかったタイプの人ですね。」
しかも私の向かいに座る少女はさして気にした風もなく、中々に大物だ。
「悪いね流河、これしかなくて。」
声の方へ向くと、キッチンから戻ってきた夜神が隣に座ってくる。手の中にはプリンとスプーンが2つあって、少女に1つ、私に1つ手渡してきた。
「夜神くんは食べないのですか?」
ペリッと蓋を捲りながら尋ねる私に、彼は眉間に皺を寄せる。答えない彼の代わりに少女がスプーンでプリンを1口分すくって、
「駄目ですよ、お兄ちゃん甘いの嫌いだから。」
美味しいのにもったいないですよね、と呟いて手際よく口に運んでいた。その様子に夜神は足を組んで笑う。
「はは、甘いものばかり食べてると太るぞ。」
「こ、この位じゃ太らないもん。」
この家に来てから、意表をつかれている事ばかりだ。
私の前ではどことなく人間味に欠ける夜神であったのに、少女と話している彼はとても人間らしかった。頬を染めて反論する少女もまた人間臭い。ホームドラマを見ている気分になる。
少し、羨ましかった。彼らの家族という絆も、彼から愛情を注がれている少女も。
私にはけして見せない夜神の姿が目に焼きつく。柔らかな声が耳から入ってきて胸の辺りで渦巻いた。
「夜神くん・・・。」
口の中で呟くような声は彼の耳に届かない。
もどかしくなって、私はプリンを放り出し彼の手を引いてリビングを飛び出した。
一気に階段を駆け上がり、夜神の部屋に入ってドアを閉めると、手を払われる。
「お前、何なんだよ突然!」
突然?そう、突然だ。でも私にも分からないので答えようがない。何故こんな事をしてしまったのか、自分でも理解できないのだ。
いや、これはチャンスなのではないだろうか。当初の予定通り部屋に2人きりである。
夜神の部屋、使い勝手の良さそうな机の上、整然と本が並べられた棚、人が寝た跡のあるベッド。彼の匂いがする・・・ような気がしなくもない。
「夜神くん、笑ってくれませんか?」
「は?」
突然の行動に続く突然の申し出に夜神の反応が遅れる。それにさえ、私は興奮した。
目を宙に彷徨わせ、爪を噛んでどうにか気を紛らわせながら、言葉を紡ぐ。
「ですから、先程妹さんにしたように。私にも・・・。」
ちらりと夜神を見れば、彼は一瞬驚いたような顔をした。その顔はあっという間に赤く染まる。
「そんなの・・・できる訳ないだろ。」
恥らって、いる?夜神が?口元を押さえて目線を泳がせ・・・・・。
ブチッと何かが切れて、私は夜神に覆いかぶさった。と同時に背後でドアの開く音がする。
「ライト。竜ざ、流河君が来ているらしいじゃないか。」
ノックもしないで入ってきたのは夜神さんだった。床に倒れている私と夜神を見て、眉を寄せている。
さて、この状況をどう説明したものか。
夜神は上に乗ったまま動こうとしない私の肩を掴んでどかし、起き上がって苦笑した。
「流河が急に倒れてくるから驚いたよ。全く、甘い物以外にもちゃんと食べてるのか?」
夜神さんには困ったような笑顔を向けていたが、床に転がっている私を見下ろした彼の瞳は射殺さんばかりに鋭いものだった。
「今日はもう帰った方がいい。」
有無を言わさぬ口調である。そうでなくとも、今の私はそれに従うしかなさそうだ。
玄関まで見送りに来た夜神や彼の妹に右手を上げ、私は名残惜し気にポケットに手を突っ込むと、「それでは、また。」と呼んでおいたリムジンに乗った。
「ああ、またな。」
彼はそう言ったが、私には「2度と来るな。」と聞こえる。多分、気のせいではないだろう。
動き出した車の中から2人を見つめ、今度来る時は手土産にケーキを買っていこうと決めた。まずは少女の方から懐柔する。そうすれば事がうまく運ぶに違いないと考え、私は薄く笑んだ。
END
聡秋良さまのサイト1周年記念企画に便乗してリクエストした「L月+サユ。Lのドッキリ家庭訪問」SSでした♪
素敵なお話ありがとうございましたv(ちなみに死紙交換とナナメは同一人物ですよ!)
聡さまはナナメがサイトを作る上で多大な影響を与えた方で、心の師です。
無自覚で変態のLと、押し倒されちゃうツンデレラの月。シリアスからギャグ、ほのぼの家族物まで
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